僕は車と飛び上がった。
2020/05/03
どんな経験も笑えるように
「サンダルの鼻緒が切れたのは本当に不吉なことが起こる前兆だったのか……」
この世とお別れになるかもと悲しさを抑えきれないまま、天を見上げ僕は車のエンジンをかけた。
家を4月29日で解約し、宮崎に帰るためにお昼前に車に乗って京都を出た。
車の中は助手席まで荷物でいっぱいになったが、後ろに一人分の眠れるスペースを確保した上、荷物を一つも送ることなく全部車に積むことができた。
荷造りで前日の睡眠時間はほぼなかったが、興奮していたのか少しの休憩だけで、あっという間に本州と九州を繋ぐ関門海峡まで着いたのだった。
「水を確保しなきゃね!もうあと少しになってしまった」
福岡に入ると舞ちゃんが教えてくれた。
「どこか水を汲める場所を見つけようか」
と探し始めた。
僕らは結婚してからなるだけ環境負荷をかけない生活をしようと日々話し実践していた。
舞ちゃんと出会うまでは環境のことなんて考えたことは一度もなかった。
3食コンビニでご飯を買い、洗剤や柔軟剤はプラスティックボトルのものを使い、他にも数えきれない大量のゴミを出していた。
その行動が、地球を傷つけ、他の動植物を絶滅に追い込んでいることを知り衝撃を受けた。
それからは本当に小さなことではあるが、ペットボトルの水や飲み物は買わず、マイボトルを持参したり再生可能なカップを使っているコーヒー屋さんを選んだりするようになった。
そしてそれは家がなくなったこれからの旅でも、環境負荷をかけないというのを一つのテーマにあげていた。
そうできるだろうと思っていた。
だが、僕らの思いはいとも簡単に打ち砕かれた。
近くに水汲み場があると調べて、汲みに行ったらコロナで利用不可。
「公園に水飲み場があるかも!」
と舞ちゃんが閃き、行ってみると発見したがまさかの取っ手がなくなっていた。
「喉がカラカラで頭がクラクラ。しかもあかりちゃんにお米を炊いてあげないと……」
8年前に一人旅をしていた時は、お金がなくなると公園トイレの手洗い水などを飲んで生きていた。
それは家族には絶対にさせられないと思った。
だがもう次の場所を探しに行く元気が残っていなかった。
僕の目は公園そばにあった自動販売機一を向いてしまっていた。
「もう限界だ。あそこで水を買おう」
と僕は飲み水と料理に使う水合わせて4本ものペットボトル水を買ってしまった。
環境に優しい旅をしていこうと思っていたができなかった。
家族に水をあげることができない恐怖も、まざまざと思い知らされた。
結局、地球に優しくと言っていたのに、僕はひねればいつだって出てくる水道の水に頼り切っていたのだと痛感した。
それでもペットボトルを買ってほっとしたのが正直な気持ちだった。
と同時に罪悪感もあり、
「食器や米を洗う水を向こう側の川から汲もうか」と車を走らせた。
この水が手に入ったらゆっくりしよう。
ご飯を炊いて、自然の中でお昼を食べ、のんびりしてから宮崎に向かおう。
そうぼーっと考えながら川沿いの土手に乗り入れた瞬間、砂浜で車が埋れた時のゾッとした気持ちが蘇った。
もう遅かった。
アフリカのデコボコした四駆でしかいけないような道(僕はそう思った)に入ってしまい、車は飛び跳ねるような動きをしていた。
そして荷物を大量に乗せた車がいまにも傾きそうだった。
倒れたら僕はおろか、後ろに乗っているふたりは荷物に潰されてしまう。
「もうだめだ」と思った。
「全然大丈夫だよ!運転して戻ろう」と舞ちゃんは言ったが、僕は朝にサンダルの鼻緒が切れたことを思い出し、命の危険しか頭になかった。
「ふたりは車から下りてて。もし車が倒れても僕だけなら大丈夫」
ふたりを下ろし、エンジンをつけゆっくりと来た道を戻っていく。
デコボコ道で、車の中の水筒や色々なものが跳ねて落ちていく。
最後の一番大きなデコボコの前で一旦止まり、僕は泣きそうになりながら祈った。
「どうか助けてください。ふたりと一緒に生きていきたいです」
アクセルを思いっきり踏み、僕は車と一緒に飛び上がった。
「そんなこと考えてたの?」
後から舞ちゃんと話すと爆笑しながら僕に言った。
外から見てたら、車はほんの少し傾いただけで全く大丈夫だったそう。
車が倒れるなんてレベルじゃない。
舞ちゃんは最初から分かっていたが、僕が聞く耳を持たなかったからなんでそんなに心配していたのか不思議に思っていたそうだ。
それから一日ずっと笑われた。
僕も笑っていた。
そして無事に宮崎のアジトへ着くことができたのだった。
自分が貫きたいと思っていたができなかったこと、大変で頭がおかしくなってしまうこと、誰にでもあると思う。
できなかったことでも焦らずゆっくりできるようになればいい。
頭がおかしくなる出来事も一回経験してしまえばこっちのものだ。
どんな出来事も笑って見てくれるパートナーといれる幸せを感じよう。
Photo & Written by溝口直己