田中のおばちゃん
2020/02/20
全身で水を浴びたら大好きな写真が撮れた
「やばい。」
知らない物影が玄関の外にいる。
今日は生協さんの配達日でも、八百屋の坂の途中さんの配達日でもない。
恐る恐るドアを開けてみると同じ町内に住む田中のおばちゃんであった。
外で会ったら挨拶はするが、家に来たのは初めてだった。
「娘夫婦が毎月送ってきてくれるカレンダーなんだ」
と嬉しそうに見せてくれたのは、先日僕が撮った家族写真だった。
去年の夏のお盆の時期。
確か撮影から帰ってきた時だったかな。
僕ら以外、おじいちゃんとおばあちゃんしか住んでない京都の外れの町内に、
きゃっきゃと子どもが遊ぶ声が聞こえてきた。
うちの4軒となりの道端で、男の子と女の子と兄弟がホースから水を出して遊んでいた。
「ああ。いいなあ。僕もホースで水を浴びたいなあ」
真夏のロケーション撮影で干からびていた僕の体が水を求めていた。
すぐにカメラバックを家に置くと、カメラ一台持って走り出した。
ふたりはすぐに仲間に入れてくれた。
たくさん浴びた。
たくさん浴びせた。
そしてたくさん笑った。
時間にしたら15分ほどだったかもしれない。
でも僕には一日中遊んだような、そんな充実感と幸福感で満たされていた。
「出かけるよー」
と中から田中のおっちゃんや、帰省された家族がぞろぞろと出て来た。
「みんなで写真を撮りませんか?」
僕は言った。
こどもふたりと僕が全身びしょびしょで、さぞ驚いたかもしれない。
でも嬉しそうに
「なかなか家族全員集まる機会ないしな。ぜひお願いしよう」
と言ってくれた。
その時の写真を月一のカレンダーにしてくれていた。
とても嬉しかった。
今になって思う。
今日一緒にいた人だって明日にはいないかもしれない。
前の日にきつく言ってしまったり、帰るのはまた今度にしようと思った時に、別れは突然やってくる。
僕は実家に帰った時はいつものんびりしてて、
「みんなで写真を撮ろう!」
と言ってくれるのはいつも舞ちゃんや妹。
でも最近、もっと日常の写真を撮りたいなと思ってる。
携帯でも使い捨てカメラでもなんでもいい。
今残したい!と思った時にあるもので残して行こう。
カレンダーを持ってきてくれた田中のおばちゃんは、両手いっぱいのおさがりのおもちゃとわざわざ買ってきてくれたであろう靴下をくれた。
写真でスキルと物の交換ができた日でもあった。
こうやって旅中は生きていくんだなと感じた日でもあった。
ありがとう。田中のおばちゃん。
Photo & Written by 溝口直己