山には赤ちゃんを連れて行け
2020/06/18
「きゃー!可愛いねえ」
人生でこんなに話しかけられたことがあっただろうか?
小学校の頃に野球の大会で優勝した時、アメリカでもらった服を路上で売って生活していた時。
大阪で歌手活動を始めて、難波のひっかけ橋の上で毎朝歌っていた時。
この時は朝まで飲んでいた酔っ払いやホームレスの人によく話しかけられたかな。
でも、どれと比較しても比にならないほど今日は話しかけられた。
それも全員が驚き顔ととびきりの笑顔で。
僕と言うより、1歳のあかりちゃんと、あかりちゃんを背負って山を登る舞に向けて。
梅雨に入ってすぐの月曜日だった。
今日の天気は晴れ。
天気予報では、これから本格的な雨が続いていく日々になるとのこと。
貴重な晴れの日は海か山に行きたくなる。
「山へ行こう」
僕らの意見は一致し、早速キャンピングカーに荷物を積み始めた。
布団、土鍋、着替え。
キャンピングカーで出かけるのも、すっかり慣れてしまった。
前日の夜10時に家を出て、霧島を目指す。
目的地はえびす高原の韓国岳。
1時間ほど車で走り、真っ暗な山を抜けた先には、大きな鳥居の霧島神社が見えて来た。
もう少し進もうと思ったが、深夜の山はやはり独特の怖さがあった。
霧島神社で一泊させてもらい、次の日の朝、とびきりの朝日を浴びながら韓国岳の登山口へと到着した。
「これから一緒に登るの?」
キャンピングカーの中で舞が土鍋でご飯を炊いてくれている間、僕とあかりちゃんが外で遊んでいるとこれから山を登っていくだろうおじいちゃんやおばあちゃんに声をかけられた。
あかりちゃんは少し恥ずかしそうにしながらもにっこり。
こんな光景はいつも見ていた。
土鍋で炊けたご飯でおにぎりを作り、いざ山登りへ出発。
「あかりちゃんを背負って登頂したいの」
と背負ったのは舞。
ここからがすごかった。
何がすごかったかって、声のかけられようだ。
「ありゃまー!お母さんが背負ってるとね?」
「お母さんの背中で、楽しそうやねー」
「私の孫も同じくらいの歳じゃよ」
「お父さんが背負わにゃいかんとやなか?」
「山頂までもう少し!お母さん頑張れー!」
もうすれ違う人全員が足を止め、話しかけてくれ、溢れんばかりの笑顔を僕たちに降り注いでくれた。
まるでオリンピックで金メダルを取り凱旋帰国した選手のように。
こんなに幸せなことはなかった。
僕たちも笑顔になり、たくさんの人と足を止めたくさんの話をした。
「もしこの声かけがなかったら、舞はあかりちゃんを背負って山頂まで登れなかったかも」
と思った。
舞は山登りで興奮し、カメラを片手に走り回っていたから。
だが一回も変わることなく、あかりちゃんを背負って登りきった。
最後まで登る足には力があり、一歩一歩踏みしめながら登頂。
我が子を背負う母の姿は、美しさそのもの。
そこに強さを感じた。
「お母さんよく頑張ったねー!」
山頂に着くと、僕らを追い抜いて先に登ったたくさんの人たちが笑顔で手を振って出迎えてくれた。
「なんて山登りは素敵なんだろう」
僕は山と山の人たちに居心地の良さを感じた。
でもそれは僕と舞だけでは感じ得なかった感情だ。
あかりちゃんとあかりちゃんを背負う舞を見るだけでみんなが笑顔になり、そして僕らも笑顔になる。
子どもが持つパワーを改めて感じた山登り。
そして自然の中に入る心地よさと、自然の中で出会う人の心地よさ。
「こんなパワーと心地よさを広げて行きたいなー」
と下山途中の休憩中にぼんやり思った。
自然・人、全てが金ピカで、全てが光って見えた1日だった。
Photo & Written by 溝口直己